忘れはしない時と唄

09« 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28. 29. 30. 31.»11

このページの記事一覧

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

カテゴリ: スポンサー広告

[edit]

TB: --    CM: --    

【小説】闇に溶ける闇 『記憶』 

少しずつ思い出されるコト

それはいいことなのか、悪いことなのか




『八時までに』
 短い言葉だった。その後に続く言葉は、どうやら書いた主が破いてしまったらしい。
 レシートのような薄く小さな紙。
 麻紀はすぐさま男へ知らせた。
「ねぇ。何か、メモ書きみたいなのがポケットから出てきたわ」
「……メモ?」
 ええ、麻紀は頷きながらもう一度声を出して読んだ。
「八時までに、だって。それだけよ。重要な部分が破れちゃってるわ」
「……時計は、あるか?」
 言われて、改めて部屋を見回した。だがどこにもそれらしきものは見当たらない。
 無いと言いかけて、麻紀は自身の袖をめくった。
「私、時計してたんだわ……」
『HUGO BOSS』と文字盤の上部に記されている。ガラス面が薄い半球体に盛り上がり、ずっしりと重い。ベルトも文字盤も黒で統一され、何よりゴツい。男性用のようだ。
「私、こんな趣味だったかしら」
 訝しみながらも、時間を確認した。午前か午後かはわからないが、ちょうど三時を過ぎた辺りだ。
 男へ伝えようとした瞬間――
 ずきん。
 三度目の頭痛が麻紀を襲った。

 ――ごめん、ごめんな。なんで俺、こんな……
 ――泣かないで。あなたは悪くないんだから。

 麻紀は押さえていたこめかみから手を離すと、ぱっと顔を上げた。
 声が聞こえた。今度は男女の声だった。あの言葉、私はどこかで聞いたことがある。だって私は、私は――
「……私には、彼がいるの。この時計は彼の時計だわ」
 今まで聞こえていた女の声は……麻紀自身の声だったのだ。麻紀が過去に、彼へ向けた言葉だったのだ。
 そうだ、彼だ。麻紀は何度も頷いた。ここへ閉じ込められる前、私は彼と一緒にいたはずだ。
「彼、がどうかしたのか……?」
「え? あ、ごめんなさい。独り言よ。何だか記憶が戻りそうだったから……」
「……今、何時だって?」
「三時過ぎた辺りよ」
 言いつつ麻紀はそっと時計に指で触れた。
 そうだ、彼だ。私には愛する彼がいる。きっと今頃、彼は私を捜し回っているに違いない。だからきっと助けがくる。
 麻紀は湧き上がる喜びに打ち震えた。
「彼、か……仲は、良かったのか?」
 意外なことを聞いてくるものだ。麻紀は少し驚いた。
「……愛し合っていたわ。だけど、彼はいつも泣いていたの」
「泣く……?」
 男が? とでも言いたげな口調だった。胸が小さく痛む。
「いつも私の身勝手なせいで、彼が辛い思いをするの。ええ、わかっているわ、私がみんな悪いんだって。彼は悪くないんだって」
 力なくかぶりを振って、麻紀は肩を落とした。
 愛し合ってはいた。だが、麻紀は甘えていたのだ。何をしても彼は許してくれたから。彼はいつも、麻紀のどんな態度にだって怒ることなく、反対に泣きながら謝っていたから。
「彼は悪くないの。悪いのは全て私……」
 歌うように何度も繰り返し呟いた。気持ちがここから旅立ってしまった。
 麻紀が現実に引き戻されたのは、男の奇怪な行動によるものからだ。背を預けていた扉の下から、白い紙切れがすっとこちらに滑り込んできた。
 突然の出来事に、麻紀は漠然とした気味悪さを感じた。
 何よと訊ねても、返ってくるのはまたもや静寂だ。
 おそるおそる手に取った麻紀は、その紙に書かれた言葉を読んで目を見張った。
『帰ります。昌人』
 マサト――?
 麻紀ははっと息を呑んだ。
「ま、さと? 昌人だったの? そっちにいるのは昌人だったのね?」
 恋人の名だった。
 その紙は、麻紀のポケットに入っていたメモの切れ端だった。
『八時までに帰ります。昌人』
「どうしてこんな……! 昌人! 本当は動けるんでしょ? 鍵を開けれるんでしょ!? 私をここに閉じ込めたのは、あ、あなただったのね!!」
 あの時の違和感。何故こちらの部屋に鏡があることを知っていたのか。それは彼がここに閉じ込めたからだ。
 どうして。麻紀は何度も叫んだ。何てことを、こんなひどいことをどうして。
「わかったわ。私が悪い女だからね? そうなんでしょ? だったらこんなことせずに、直接言ったらどうなのよ!!」
 どん!
 麻紀は力強く扉を叩いた。ひどい、ひどい、なんてことをするの!
「開けなさい! 開けなさいったら昌人! 早く!!」
 どん! どん!
 怒り任せに麻紀は扉を叩く手を止めない。
 だから、気づかなかったのだ。扉の向こうで男が笑ったことを。

「鏡があるだろう?」
 男が意味深長な質問を投げかけてきた。
 今までと違った、落ち着き払った口調だった。どもることもなかった。
 麻紀は、それが何よと突っかかる。すると男はもう一度同じ言葉を優しく言った。
「奥に、割れていない鏡があるだろう?」
 確かに、壁に取り付けられた鏡は全て割られて散乱していたが、一番奥の鏡だけは無事だった。
 先ほど麻紀が、鏡に映る自分の姿で――といっても実際見たわけではないが――『誰か』がいると勘違いしたのだから。
 鏡が何だというのだ。汗と涙でぐしゃぐしゃになった顔を何とかしろとでも言うのか。
「覗いてみろ」
 ぞくり。身体が震え上がった。
 何だというのだ。何があるというのだ。

 わからない。いや、わかっている。
 見なければ。いや、見てはいけない。

 鏡を見てはいけない――!

 本能が叫ぶ。麻紀の心を掴もうともがく。やめろ、やめろ、そっちへ行くな!

 だが、気がつけば麻紀は鏡の前に立っていた。
 そうして、見てはいけないものを、見た。


 鏡には、「男」の顔が映っていた――



『扉』へ続く
スポンサーサイト

カテゴリ: 中編

[edit]

TB: 0    CM: 0   

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://chachanoblog.blog59.fc2.com/tb.php/57-1ba8caef
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。