忘れはしない時と唄

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【小説】闇に溶ける闇 『声』 

この声

どこかで聞いたような……




「――くれ……」
 聞こえた声は、若い男のものであった。
 扉が厚いのか、はたまた男の声がもとより聞き取りにくいのか。麻紀には男が何と言ったのかわからなかった。
 だが――確かに人がいる。
「誰か、いるんですか!? そこにいるんですね? 良かった、ああ、良かったぁぁぁ!」
 麻紀は一気に脱力して、へたりとその場に座り込んだ。緊張と不安の枷が取れ、涙が次々とこぼれ落ちる。
 扉の向こうにいるとなれば、鍵を開けてもらえるはずだ。
 希望の光が麻紀の瞳にようやく映り始めた。
「あの! 私、気がついたらここにいて、ここから出ようと思ったんですけど扉に鍵がかかっていて……」
 震える肩を両手で抱きしめて、麻紀は姿の見えない男に懇願した。
「それで、その……そちらからこの扉の鍵を開けてくれませんか!?」
 もしも扉が厚いのならば、先ほどの男の声のように麻紀の声は相手に聞こえにくいかもしれない。だから、麻紀は出来るだけ大声で相手に問いかけた。
「……無、理だ」
「え?」
 思わず聞き返してしまう返答。今、彼は無理と言ったのだろうか?
 何故と問い詰めるより早く、男が言葉を紡いだ。
「俺、は……? どこだ、ここは。暗すぎて何も、見えない……」
 背中に氷が入れられたように、ぞくりと身体が震えた。まさか。
 扉の向こうには、光があるはずではないのか? この扉は、脱出口ではないのか?
「あの……」麻紀はがくがくと震える唇に力を込め、言葉を慎重に選んで訊ねた。
「近くに、電気を点けるスイッチはありませんか?」
 扉に添えた手をぎゅっと握り締める。後ろは一度も振り向かず、麻紀は扉の向こう側にいる男を想像した。
 ゴツ、と扉に何か低い音が響く。動いてどこか打ちつけたのかもしれない。男がうごめいている気配を感じる。
 お化け……ではないようだ。
 麻紀は男に気づかれないよう――といっても、扉の向こうにいるのだから気づかれるはずはないのだが――こっそりと安堵のため息をついた。
「……だ、めだ。身体が、動かない」
「動かない? 縛られているってことですか?」
「……ああ、そう、かもしれない……」
 かもしれないとはどういうことだ。麻紀は肩をすくめて息を吐いた。
 それでもこの受け答え……私を閉じ込めた犯人ではないようね。
 今までの恐怖はいったいどこへ行ったのやら。麻紀は独りぼっちでないことで、多少なりとも気持ちが安定し始めた。
 そこで、麻紀は男に一つの疑問をぶつけてみることにした。
「すみません、あの、変なこと聞くようですけど……どこか怪我していませんか?」
 血痕は、扉の向こう――男がいる側へと伸びていた。もしかしたら、この血は彼の血かもしれない。だがそうであれば、彼は到底生きているとは思えないが……。
 すぐ傍らにある大量の血痕を視界に入れないよう注意を払いつつも、やはり一度目にした衝撃はそう簡単に消えるものではない。
 目を閉じても浮かび上がる、あのおぞましい光景。
 麻紀は大きくかぶりを振って、なるべく考えないよう努めた。
「いや……」と男が小さく応える。「どこも、痛いところは、ないようだ……」
「そうですか」
 良かった。麻紀は呟いた。と同時に思考がはたと止まってしまった。
 一番奥の個室トイレから、扉の向こうまで血痕が伸びている。引きずったように長く、長く。
 ……本当にそうなのか?
 再び本能が身を乗り出した。
 本当に、「トイレから扉の向こうへ」引きずった血痕なのか――?
 どくんと心臓が飛び跳ねた。
「……嫌、嫌よ! 助けて! お願いします! ここから出して! 鍵を開けてぇぇぇぇ!」
 扉が壊れてしまうほど激しく叩きつけた。声を荒げた。向こう側に何があろうとも、こんな所にはもう留まってはいたくなかった。
 逆なのだ。「扉からトイレの方へ」引きずったのだ。ともすれば、一番奥の個室には――
「ねぇお願い! お願いします! 動けなくても鍵を開けて!」
 支離滅裂もいいところだ。だが麻紀にとってはどうでも良かった。一刻も早くここから抜け出したかったのだ。
「だから……静かに、してくれっ!!」
 男の叫びが全ての音を奪い去った。
 静寂に包まれた空間で、麻紀の荒い呼吸と点滅を繰り返す蛍光灯だけが、申し訳なさそうに小さく音を立てる。
「さっきから……それ、やめてくれ。女の金切り声は……耳が痛む」
 女って。
 麻紀の胸中では、反省の気持ちよりも苛立つ気持ちが上回った。こっちは死体と同じ部屋にいるのよ!?
「女だなんて、呼ばないで。私は『麻紀』っていう名前があるんですから」
 場違いな自己紹介である。
「……ま、き?」
「そう、麻紀です。上原麻紀……」
 答えつつ麻紀は首をひねった。男の声音が少し変わった気がしたからだ。
 名前は聞いたことがあるのに顔が思い出せない、あの芸能人は誰だっけ? と記憶を辿る時に似ている。いや、実際にそうなのかもしれない。
「もしかして」麻紀は眉根を寄せつつ扉の向こうをみつめた。
「私のこと、知ってるんですか? 会社とか、近所の人なんですか? あなたは誰です?」
 人を苛立たせるには充分の時間をかけて、男は「……いや」とだけ呟いた。
 何か言葉が後に続くのかと思い、麻紀は固唾を呑んでその先を待ったが、どうも男はだんまりを決め込んだらしい。姿が見えないだけに、その言動はどこか不気味だった。
 だが、些細なことにこだわっている時間はない。何とか彼に鍵を開けてもらわなければ困るのだ。機嫌を損ねるような言動は胸に留めておかなければ。
「それより、あの……本当にここ、開けて欲しいんですけど」
 麻紀なりに精一杯控えて言ったつもりだったが、どうも上手くいかない。
「……動けない、と言っただろう。無理だ」
 その言葉は怒気を含んでいるように聞こえた。失敗だ。
「すみません。あの、どうにか出来ません? 立ち上がったり、指を動かすことくらいは」
「無茶、言うなよ……」
「無茶って、こっちは――」男のあまりの危機感のなさに、頭のどこかでぷちんと音が聞こえた。息を大きく吸い込んで、より声を張り上げる。
「こっちは、『死体』があるかもしれないのよっ!!」
 悲鳴にも似たわめきが、部屋中にうわんと鳴り響いた。
「死体……?」
「……そう。そうです。だって、この扉から奥のトイレまで引きずった血痕があるもの!」
「……血痕、か」
「そうです。しかも尋常じゃないんです、血の量が。きっと死んでるわ」
 ぐっと涙を飲み込んだ。拍子にまた吐き気を覚えたが、麻紀は何とか押し戻した。
「だから、さっき俺に、怪我がどうとか聞いたのか……」
「そうです」
 鼻水をすすり上げながら答えたものだから、声が変に裏返ってしまった。慌てて麻紀は二の句を告げる。
「はじめは、そっちへ引きずった跡だと思ってたの。でも、あなたは怪我をしていないんでしょう? だから、その逆だと思うの」
 しばらくの沈黙の後、男は信じられない言葉を口にした。
「調べてみろ。そうすれば、はっきりする」
「調べてみろ、ですって!?」
「そうだ。俺も、何とか鍵については、やってみる。だが、もしかしたら、違うかもしれない」
「違うかもって、何がよ!」
 どうかしてるわ、この人。麻紀は思った。簡単に言っちゃってくれるけど、やる側の気持ちも考えて欲しいわね!
「だから……初めに、俺が言ったように、こっちは真っ暗だ。出口は、こっちじゃないかも、しれないだろ」
 男の言葉に、麻紀は息を呑んだ。
 確かにこの扉が外へと繋がるものであれば、何故彼は「ここ」にいるのだろう。
 実は扉の向こう側もここと同じような空間で、本当の出口はこの部屋のどこかに隠されているかもしれない。
 男の「調べろ」という言葉は、死体の有無だけでなく、部屋中を見渡せという意味も込められているようだ。
 しぶしぶ立ち上がった麻紀に、男が「何か長い棒みたいなのはないか」と訊ねてきた。少しでも距離を開けて、個室の戸を開けることが出来るからだろう。
 見渡せば、麻紀の左手側の隅に戸の外れた掃除道具入れが目に入った。そこに薄汚れたモップが壁にもたれかかっている。
 麻紀はモップを握り締めて、血痕の続く奥のトイレへと足を運んだ。




『幻』へ続く
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