忘れはしない時と唄

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【小説】とろける決意 

甘い誘惑。揺るがない決意。

揺るがない……?





「ちょっと村田さん! 勝手に引き出し開けないでください!」

 席を立って、課内に備えて付けてある共有棚の整理をしていた私は、自分の席で何やら怪しい動きをしていた彼――村田真を怒鳴りつけた。
 彼はこちらを見てニヤリと笑い、そのまま私の椅子に深く腰かけると、ちらちらと何かを見せびらかした。
 男の人にしては、綺麗で細長い指。その人差し指と親指で、茶色にコーティングされた小袋を揺らす。
 あれは――

「あっ!」と小さく声をあげると、私は慌てて彼のもとまで駆け寄った。

「もうっ! 勝手に人の引き出しから何取ってるんですか! 返してください!」

 右手のひらを上にして、少々苛立ち混じりで彼に手を差し出した。彼は口の端を持ち上げたまま、ぱっと小袋を手中に収めてしまった。

「いいじゃん、一個くらいくれよ。このチョコうまいんだもん」

 そう言って、彼は笑った。
 彼は笑うと目尻にシワがよる。その笑顔を見るたび、私の胸はとくんと踊りだす。

「……男の人なのに、甘いものが好きなんですね。変なの」

 胸の騒ぎが収まらないままに、私はまるで嫌いな人を手で追い払うような動作をした。
 椅子から立ち上がった彼は、早速小袋を開封し口の中へとチョコを放り込む。

「うまっ」

 そう言ってまた笑顔になる。

 私より三つ年上のあなた。会社の先輩であるあなた。
 きっとおじいちゃんになったら、シワだらけで顔がくしゃくしゃになるんだろうな。なんて思ってること、知らないでしょ。

「チョコはうまかったけど、俺が欲しいのはハサミなのよ。渡辺ー、おまえ机ん中お菓子ばっかじゃん。おかげで見つけれなかった」

 そしてからかうように、私の頭をぽんっと優しく叩く。
 こういう時、私はいつもどんな顔をして彼を見ればいいのかわからなくて、俯いて口を尖らすことしか出来ない。

「ちょっと小腹が空いた時とか、疲れた時とかにいいんです! 仕事中には必要不可欠なんです!」

 私の言葉に、彼は声をあげて笑った。そうかそうか、頷きながら彼はまた私の頭を叩く。

「で、渡辺。俺ハサミ貸して欲しいんだけどー」
「いいですよ、前貸したハサミを返してくれるのでしたら」
「……あら?」

 罰悪そうに頬をほりほりと掻くと、顔の前で両手を合わせて「悪い」と一言謝ってきた。
 目の前に、彼のつむじがよく見える。なんだか、ちょっとだけ優越感。


 昼の三時。
 この時間、営業活動をせず会社に居残っていると、「魔の手」が忍び寄ってくる。

「渡辺さ~ん! 今日はなんと、空港通りにあるあの有名店の『シュークリーム』ですよ~」

 あぁ、また来てしまった。
 毎日のように来客が訪れる私の会社では、その来客が持参してくる手土産がいつも「おやつ」として回ってくるのだ。
 今日はほとんど会社に営業が残っていなかった為、「二個どうぞっ」て笑顔で勧めてくる受付の土居さん。
 彼女、私と同じくらい甘いものが大好きで、時々スイーツ巡りも一緒する仲なのに。なんであんなに体が細いのだろう。
 長い巻き髪に綺麗な顔立ち。一緒にいると、ちょっとだけ心がひねくれてしまう。
 それでも、甘い誘惑には勝てない私は愚かなのだろうか。
 席について、今日行く会社の見積もり書を作成しながら頬張るシュークリームのなんて美味しいこと。自然と笑みをこぼしながら、キーボードを華麗に叩く。

「幸せそうだなぁ渡辺」

 すぐ脇のパーテーションの上から、にゅっと顔を出して笑う人物。彼だ。

「おまえ本当、菓子娘だな。クリーム付いてるし」

 言われて私はすぐにティッシュで口元を拭った。カスタードクリームがべちょっとついたそれは、すぐに丸めて背後のゴミ箱に投げ捨てる。

「おやつの時間だからいいんです!」
「ははっ! そうかそうか」

 言いつつ私の腕を突いてきた。私はまた、嫌いなものを手で払うような動作をする。
 そこで彼がふと、私の腕を見つめて言った。

「おまえ、ぷにぷに。なんか……まんじゅうみたいだな」

 あんなに踊っていた私の心が、一気に凍りついた。


 その日の夜。
 営業は自分の仕事が片付かないと帰れない。だから、女の子が遅くまで残っていても注意する人物は特にいない。
 私は会社の仕事は終えていたが、「自分の仕事」をまだ終えていなかった為に最後まで残っていた。
 十一時まで粘っていた課長もようやく帰り、私は共有棚の扉を開けてゴミ袋を取り出した。

「痩せてやるんだから」

 自分の引き出しを開けながら、小さく呟いた。


 それから一週間が過ぎた。
 間食をしないだけで、こんなにも痩せれるとは思わなかった。マイナス一キロだ。
 まだ目に見えるほど効果は表れてないけれど、嬉しくて、心は晴れやかだった。

 お昼の三時は必ず外に出るようにした。
 机の中にはお菓子を一切置かないようにした。
 もう、まんじゅうなんて言わせない。

「渡辺ー甘いものちょーだい」
「ありません!」

 彼の甘えた撫で声にだって、心を鬼にしてつき放す。

「え? 渡辺が甘いの持ってないの? どしたの?」

 ダイエットしてる、なんて知られたくない。

「虫歯なんです」

 そう言うと、また彼は子どものように無邪気に笑った。心なしか、安堵した笑みにも見えた。


 その日の夕方。
 受付の土居さんがお使い帰りに立ち寄ったと言って、あろうことか私にお土産を買ってきてくれた。私の大好きなお店の「ガトーショコラ」。前に、ここのガトーショコラが一番好きだって言ったの、彼女は覚えてくれていたんだ。
 だけど。

「ありがとう。でも、ごめんなさい。受け取れないです」

 残念がる彼女の顔が見たくなくて、私はパソコンに向かって忙しいふりをした。

「どうしたの? 渡辺さん、ここのガトーショコラが好きだって――」
「今、虫歯なんです。ごめんね」

 手にした小さな白い箱。
 少し、考え込むようにして、彼女はそのまま受付に戻っていった。
 心がちくりと痛むのを、私は気づかないふりをした。


 それからさらに一週間。思うように体重は落ちない。

「何でよっ!」

 夕方、営業フロアに誰も居ないのを確認して、私は大声で机を叩いた。その振動で、ボールペンが足元へ軽い音を立てながら転がり落ちる。
 仕事でミスを連発して、体重もあれ以来ちっとも減ってくれなくて、私の心はストレスでいっぱいだった。
 こんな時、いつも甘いお菓子を食べては心和ませていたのに……もう、それも出来ないなんて。
 机の上で腕を組むと、私はそこへ顔を埋めた。

 今の自分が、自分でキライだった。

 コン、と頭に固い何かがぶつかる。
 顔をあげると、白い箱を手に持った彼がそこに居た。

「お土産」

 そう、ぽつりと呟くように言うと、私の腕の傍らにとんと置いた。
 箱の側面に、店の名前が書いてある。私の好きなお店の名前だった。

「これ……?」
「ちょっと前にさ、受付の土居が余ったからってくれたんだよ。そしたらめっちゃうまいのな。渡辺、知ってるか?」

 知ってるよ! 私の大好きなお店なんだもん。

「最近、おまえ元気ないし。大体さ、笑ってんのかよ? 死人みたいな顔してさ」

 パーテーションに顎を乗せて、口の端だけで嫌味っぽく笑う彼。

「甘いもん食ってる時、おまえ世界一幸せな顔してっから。これでも食わしてやろうと思ってな」

 綺麗で細長い人差し指で、傍らに置いた白い箱を指差した。


 誰のせいでこんなことになっていると思ってるの?
 あなたが「まんじゅう」って言うから、私は痩せようって決意したのに。
 それを、私の大好きなケーキで揺らがそうっていうの?
 わざわざ私の為に買ってきたから、私の固い決意が揺らいで崩れてしまうだろうっていうの?

 大好きなあなたが、“初めて”私の為に買ってきてくれたお土産だから?


「……いただきます」

 あぁ、私はなんて愚かなんだろう。それでも、箱を開けて大好きなガトーショコラを目にした瞬間、最近の私の中で、一番嬉しくて一番幸せな顔になったに違いない。
 一口食べると、しっとりとした食感。その後、口の中にほろ苦い甘みが広がった。

「幸せそうだなぁ渡辺」

 笑ってそう言いながら、彼は私の頭をぽんっと叩く。


 同じ階にある、少し離れた受付からこちらを見つめる人物が一人。
 彼女と彼が、そっと秘密のアイコンタクトを交わしたことを、私は知らない。



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コメント

(*´∀`*)ノ

chachaさん、おはようございま~す(*´∀`*)ノ

何だかかわいらしいお話^^;
甘いものって、私は人並みに好きな程度ですが、耐えがたい誘惑となりうるのはわかりますwww
しかも、ダイエットしようとしてる時に限って、生チョコだとかケーキだとか‥‥無性に手を出したくなるんですよね( ´-ω-`)
しかもそれが、好きな人が初めて自分だけのために買ってきてくれたものなら、もう‥‥ダイエットなんてそっちのけwww

タイトルもよかったです~。
甘いお話、素敵です(ノ´∀`*)

土屋マル #- | URL【2011/07/05 08:39】edit

>土屋マルさん♪

返信が大変遅くなりまして、本当にすみません!!><
いつもいつも、温かいコメントをありがとうございます♪とっても励みになっております☆

こういうお話。実は自分自身結構苦手で…(書くのが。笑
恥ずかしい思いをしながら書き上げてみた作品です。←
なので読んでいただけたこと、なんだか嬉し恥ずかしですが…やっぱり嬉しいの勝ち!です^^ありがとうございます~☆

こういう甘酸っぱいやりとりもまた、いいもんですよねぇ…しみじみ。

ありがとうございました!
ちょっと今繁忙期なので時間が取れていませんが、また落ち着く時期に伺いますね☆

chacha #- | URL【2011/07/11 12:30】edit

いや~ん むふふ~

どもです、chachaさん!

甘い~甘い~甘酸っぱい~!!
もう、読んでる私がとろける読者(笑

そうなんですよねー。
好きな人から言われる一言って、何にも増して影響力ありまくりなんですよね。
んで、本人は意外と悪い意味で言ってなかったり。

ダイエットって辛いですよね。
何度挑戦して敗れ去ったか(笑
そして会社で食べるお菓子!
私仕事してた時、お菓子のバイヤーをやってたので、デスクの下に大きなダンボール1箱分のお菓子のサンプルがおいてあったんですよ。
期間決めて、少しずつ全種類食べなきゃいけない。
幸せでしたが、太りました>。<
なので、周りにもその幸せを分けてあげました←ニヤリ

脳を使うときは、甘いものが一番♪
きっと彼は”ぷにぷに”がお気に入りのはず!←妄想全開!
うふふ~、甘~いお話でした^^
好きです~

kazu osino #7av6LuR2 | URL【2011/07/22 15:14】edit

>kazuさん♪

いや~いや~!
恋愛小説の先生っ!kazuさんっ!私はどうにも恋愛要素を描くのが苦手なのですよーー;;(切実)
今読み返しても、どうにもこっぱずかしいといいますか><
なんか、どうにも手ぬるい感じに仕上がったといいますか!(笑)
kazuさんの作品、胸きゅんきゅんなのに。う~~ん、書くとなると本当にムズカシイ!

会社で食べるお菓子って、何であんなに美味しいんでしょうね?^^
あるとついつい口に放り込むので、最近は自粛して置いていませんが。でも、この作品のように「おやつ」がまわってくること多々あります。
これは…太らして喰う気だなっ!!(ちがう

もっともっと、kazuさんの甘い作品を読んで勉強しよう。そうしよう♪
好きといっていただけたことが、とっても嬉しかったのです^^
ありがとうございました☆

chacha #- | URL【2011/07/23 12:35】edit

こんばんは。

大好きなあの人は、自分がどんなときに幸せそうかを知っていてくれたんですね。
こういうピュアな恋愛話はとても好きです。

現実だったら少し「クサくて、恥ずかしいいよな」くらいが恋愛の物語としてはとても素敵だと思います。

ヒロハル #- | URL【2012/01/20 23:01】edit

>ヒロハルさん♪

このお話、今読み返すともぅもぅ、恥ずかしいんですよ~(笑)
随分と前に書いたものを、そのままUPしたものでして…
なんだかそういった意味でも恥ずかしいんですけれど^^;

ピュアな恋愛話!キャーッ><*
そう感じ取っていただけたならばコレ幸いです!
こてこてな恋愛模様は描けないので、ウブな感じに仕上がってしまいましたが(笑)

でも確かに。現実ではちょっとやり過ぎな感じの方が、読書には最適かもしれませんね^^
コメントありがとうございました!

chacha #- | URL【2012/01/21 12:51】edit

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