忘れはしない時と唄

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【小説】夢術師の夢 第一章 港町シュンペル 

2



 船から地上へと階段を降り、五日ぶりに地面を踏みしめた。懐かしい土の感触が靴底から伝わってくる。
 頭上を見上げると、思わずため息がこぼれた。海上から見た印象とだいぶ異なっていたからだ。

 町が船着き場よりも高い位置にある。
 灰色の岩壁が、港に沿ってぐるりと威圧的に鎮座しており、町の建物はみなその岩に掲げられるようにして立っていた。その様相は、さながら海から町を守る護衛のようにも見えた。
 右手に岩壁、左手に海を眺めながら、なだらかに傾斜のついた道を歩いて行く。
 一本道のため混雑しがちなのだろう。ところどころに警衛のような人が立っていて、立ち止まって長話でも始めようなら、ここぞとばかりに声を上げて注意していた。おい、そこ立ち止まらず進め。後ろの者たちが困っているぞ。

 少しばかり進むと、今までとは比べ物にならないほどの広い道へと変化した。ゆうに家が三つほど並んで建ちそうなほどだ。
 そこは港の露店商となっていた。
 赤や青や緑の軒を連ね、その合間を縫うように人々が行き交っている。
 威勢の良い声があちらこちらから飛ぶ。
 果物の甘い香りや、水揚げされたばかりの魚を焼いている香ばしい匂い。
 とんとこ、とんとこ、軽く愛らしい音を奏でる太鼓の音。
 どこかで見世物でもしているのか、人々の歓喜する声と拍手が聞こえる。

 なんて賑やかな町だろう。イノは自然と口元に笑みを浮かべた。
 自分の育った村は本当に静かで穏やかなところだったから、これらの光景がとても新鮮で胸がうきうきと躍った。

 露店商を抜けると、これまた大きな石橋が一つ。町へと繋がっていた。
 欄干はイノの肩ほどの高さがあったが、うんと背伸びして下を覗いてみた。
 そうして驚いた。いつの間にかだいぶ高い場所まで上っていたらしい。
 先ほど乗ってきた船がイノの両手くらいの大きさに見える。びゅうと下から吹き上がってきた潮風に顔を押され、その力強さに少しばかり足が震えた。

 橋を渡った先にある白い石造りの建物は、よくよく見ると岩と一体化しているものも多かった。
 自然と共存しているのだ。壊さず、手を加えず、ありのままを生かして人々が自然に寄り添っている。
 その姿に、イノは心から好感を抱いた。

 町の背後には緑豊かな山が鎮座し。橋を渡りきる手前――その山が町の建物に隠れてしまう手前で、イノは気がついた。
 あの木々の中に建物がぽつりと建っている。
 町からだいぶ離れた場所。おそらく、木造の建物。家と呼ぶより、守人の小屋のような感じだ。

 誰か住んでいるのかな。あの場所から見た景色、きっと最高に素敵なんだろうけれど。

 町の構造は、両側の建物に沿うように大きな道が一本、坂道となって通っている。
 建物の隙間は小道となっており、そこで露店を行っている者も少なくなかった。
 大通りの道は、ある程度までくると回れ右をして反対方向へと上っていく。つづら折りになっているのだ。
 そうやって一本一本、道の傾斜をゆるくして町の高い場所まで行けるようになっていた。

 折り返した道を何度か上っていくと、大きな広場に出た。
 綺麗に弧を描く噴水を携えたそこは、三方に人々の住む建物と店が立ち並び、残り一方に大きな鐘楼が印象的な教会が静かに腰を下ろしていた。
 造りがとても繊細で美しく、それでいて力強かった。
 目が痛くなるほどの凝った模様がそこここに刻まれている。

 イノが見惚れていると、「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん」と掠れた声が耳に届いた。
 くるりと見回したが、それらしき人物が見当たらない。
 気のせいだったのかと、イノが再び教会へ視線を戻した時だった。

「お嬢ちゃん。こっちだよ、こっち」

 振り返ると、建物の合間にある一本の小道で、露店を広げている男性が見えた。
 色黒く、やせ細った手でイノを招いている。白い髪と白いヒゲを蓄えた、初老の男性だ。
 念のため、イノは人差し指を自分のあごにあて、首を傾げて見せた。私のこと? すると、年老いた商人はうんうんと頷きながらまたイノを手招いた。

 イノは布鞄をかけ直し、人々の合間を縫ってそちらに歩いていった。
 商人はにやにやと笑みを浮かべながら、ただひたすらに手招き続けている。
 手前に広げている布の上には、お世辞にも高価そうなものは一つも並んでいなかった。
 イノはそれらの前で膝を折り、両腕で膝を抱えるようにしてその場に座り込んだ。

「お嬢ちゃん、いやあ、よく来たね。この町は初めてなんだろう?」
 え、と声に出して驚いた。そんなにも田舎くさい行動をしていたのだろうかと、イノは心なしか動揺し、頬を赤らめた。商人はカカカと笑った。
「この町はね、知っているかもしれないが、クリードラでは三番目に大きな港町として有名なんだけどね」
 言いつつ、内緒話でもするかのように上半身を前にかがめた。右手を後ろに隠し、何やらごそごそとしている。

「お嬢ちゃん、《バパル》はもちろん使っているんだろう?」

 どきん。心臓が胸の内側で飛び跳ねた。
 身体が震えていることに気付かれないよう、イノはこくこくと頷いてみせた。
 商人の笑みはますますひどくなった。薄汚れた歯がばっちり見えている。

「この港町には色んなところから商人がやってくるんでね、中には上玉のものを持ってくる奴もいるんだが……」
 言いつつ、商人は右手を握り締めたままイノの前へと突き出した。
「この《バパル》はかなりの希少物だよ」

 ゆっくりとイノの目の前で開かれた手のひらには、黒く光る小さな玉が五つ転がっていた。
 よく見ると、黒い液体で濁った玉のようにも見える。
 初めて見る《バパル》に、イノは目が釘付けとなった。
 その光景をいらぬ方向に受け取った商人は、低く下卑た笑いをしつつ「お嬢ちゃんには特別に、百ミゴットで譲ろうじゃないか」と言った。

 顔を上げると、まさに我勝利したりとでも言いたげな顔をした商人がいた。
 その表情に、イノは腹の底でちりちりと怒りが燃え上がるのがわかった。だが、ここは下手に動いては今ついた嘘が見破られてしまう。
「ごめんなさい、昨日新しい《バパル》を買ったばかりなんで、また今度にしますね。それより私、人捜しでここへ来たんですが……」

 言った途端、商人は大げさに舌打ちをし、今まで貼り付けていた商売顔をあっさりと剥がしてしまった。つまりは、とんでもなく仏頂面へと成り下がってしまったのだ。
「客じゃねえなら、とっとと行っちまいな。商売の邪魔だ」
「じゃあおじいさん。もし知っているなら教えてもらえませんか? そうしたらこのバパル、考えてみてもいいですけど……」
 商人は素早く笑顔をかぶった。そのあまりの変貌ぶりに、イノは呆れて目をまんまるくしてしまった。よっぽど売れ行きが悪いのだろうか。
「誰を捜してるんだい? こういっちゃあなんだが、オレはなかなか情報通だよ」
「ラカル・ド・エン。わかります?」

 名を聞いて、商人はぎょっと後ろへ身体を引っ込めた。
「お嬢ちゃん……そいつは《夢術師》だぞ」
 イノは満面の笑みを浮かべて応えた。「ええ、知ってます」
「お嬢ちゃん、さっきあんたバパル使ってるって――」
「使ってますよ。別に悪夢退治をお願いしようとか、そういうことじゃないんです」

 さも、何か渡すものがあるかのように布鞄をかけ直し、「ちょっと人に頼まれまして」と笑ってみせた。
 その行動を見て、商人も何やら納得したような顔つきになった。

「あの夢術師は悪名高いからなあ。なに、意味ありな贈り物でもあるのかい」
 カカカと商人は歯をむき出して笑った。イノは話を合わせるように口の端を持ち上げる。

「あいつはこの町にいるよ。いや、町とは違ったか。あの山の奥に住んでいるはずだ」
 黄色い爪が伸びた指で、商人は先ほどイノが見惚れていた教会の後ろを指した。緑豊かな山が見える。先ほど橋の上から仰ぎ見た山だ。
「あんな場所に住んでいる奴なんて、あいつくらいのもんさ。行けば家もすぐ見つかるだろう。ささ、このバパルを買ってくれ」
 商人は再び右手を開いてイノの前へと突き出した。イノはにこりと笑って立ち上がる。

「おじいさん。私は『考えてもいい』と言ったんです。でも、ありがとうございました」

 くるりと踵を返して、イノは大通りへと足を運んだ。
 背後では、商人が何やらイノに向かってわめき声を上げていた。



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カテゴリ: 長編

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コメント

こんにちは♪

ラカル・ド・エン…夢術師…
イノちゃん、どんな用事があるんだろう~?
一話一話、わかってくることがあって、興味深い風景とこの世界を魅力的に見せてくれる~♪
イノちゃん、しっかり者だわ~。
じっくり、かみしめるように読んでいきます♪

(本当は、最新話にたくさんついている、皆さんのNew!!印をうらやましく思うのだけど…。早くあそこに行きたい!!いえいえ、焦ってはいけません~)

らんらら #- | URL【2011/08/06 12:02】edit

>らんららさん♪

こんにちわです^^
うはー!読み進めておられる!これはすごーく励みになるんです♪
ありがとうございます☆

そうなんです。説明なしでどんどん色んな単語やらが出てくるので…すみません。読み手の方がついてこれるか心配なところではあるんですが^^;
ちょっとずつ、わかるように説明も挟みつつ進めていきたいと思っております♪
でも結局、自分が面倒になってバーンと説明しちゃうんだろうなぁ…キャラとかに話させて(笑)

イノ、しっかり者ですよ~!しっかりし過ぎな部分もあったり…なかったり…(どっちやねん
長編だけれど、自分の短所である世界観の薄さをカバーすべく、あまり長くはならないかもしれませんが@@; ←
ゆっくりとお付き合いくださいませ~♪

chacha #- | URL【2011/08/07 16:08】edit

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