【小説】親指スマイル 『笑顔の意味』③
2011/06/01 Wed. 23:20:56
自分のことばかり考えていると、周りが見えなくなっていた。
こんなにも、みんなは俺のことを考えてくれていたのに。
注文を取りつけて、俺は軽やかな足取りで会社へと戻った。
仕事を取ってきたと聞きつけて、松本部長が俺の席までやってきた。
「よくやったな」と俺の肩を軽くたたいて、すぐその場を去っていったが。俺はそれだけで十分嬉しかった。
去っていく彼の背中に向かって、ありがとうございますと頭を下げた。
見積書を作成中に、大久保が営業回りから戻ってきた。何やら白い包みを手に持っている。
「ほら、土産」そういって手渡された包みの中身は、まだ温かいたい焼き。こいつなりに俺のことを気にしていたのかもしれない。そう思うとなんだかむず痒かった。
「どうだった、東部長さんは」
「まぁ……上手くいったよ。ゆきなのおかげでな」
ゆきなちゃん? と小首を――大久保の場合は大首だ――傾げて訊ねてくる。
そう、ゆきな。
俺は大久保に今日あったことを簡単に話して聞かせた。
大久保はふんふんと言葉を挟まず聞き役に徹してくれた。土産と言って手渡されたたい焼きを自らも頬張りながら。
「昼飯の後、俺いったん会社戻ってきたわけよ。そしたらな」
松本部長が、大久保の直属の上司――岩木部長と談笑していた。そこで岩木部長が言ったそうだ。入江くん一人でKGプライウッドに行かせて大丈夫かなと。
すると松本部長はかぶりを振った。
「こういう時こそチャンスじゃないか。夫婦でもそうだろ、喧嘩をして仲直り。それを繰り返して絆が深まる。あいつなら、それが出来るだろう」
もしもここに松本部長がいたならば、俺は青春映画さながら「部長ーーっ!」と抱きつきに行ったかもしれない。そう考えると、いなくて正解だった。
「おまえ、期待されてんじゃん」
ガハハと肩を揺らす大久保を見て、俺も照れ隠しにワハハと笑った。
ゆきなの描いたスマイリーは、会社を出る前に手を洗った時にとうとう消えてしまった。
厄日だと思っていた今日一日。だが、一日を終わりまで過ごしてみなければ、それはわからないものかもしれない。
今なら言える。今日は本当に幸運な一日だった。
だから俺は浮かれていたのだろう。大久保に、ゆきなの誕生日パーティへ招待する約束をしてしまった。
大久保のはしゃぎように俺は少し冷静さを取り戻し、ほんのちょっぴり後悔してしまった。そこは秘密だが。
会社を出ると、空には雲一つない星空が広がっていた。地上はこんなにも明るいのに、今日はやけに星が輝いて見える。気持ちの問題かもしれないが。
俺は一つの星に向かって微笑んだ。それを妻に見立てて。
ゆきなを産んでくれてありがとう。
もう少しそこで見守っていてくれ。いつの日か、俺がそこに行くまでは。
『おまけのスマイル』へ続く
こんなにも、みんなは俺のことを考えてくれていたのに。
注文を取りつけて、俺は軽やかな足取りで会社へと戻った。
仕事を取ってきたと聞きつけて、松本部長が俺の席までやってきた。
「よくやったな」と俺の肩を軽くたたいて、すぐその場を去っていったが。俺はそれだけで十分嬉しかった。
去っていく彼の背中に向かって、ありがとうございますと頭を下げた。
見積書を作成中に、大久保が営業回りから戻ってきた。何やら白い包みを手に持っている。
「ほら、土産」そういって手渡された包みの中身は、まだ温かいたい焼き。こいつなりに俺のことを気にしていたのかもしれない。そう思うとなんだかむず痒かった。
「どうだった、東部長さんは」
「まぁ……上手くいったよ。ゆきなのおかげでな」
ゆきなちゃん? と小首を――大久保の場合は大首だ――傾げて訊ねてくる。
そう、ゆきな。
俺は大久保に今日あったことを簡単に話して聞かせた。
大久保はふんふんと言葉を挟まず聞き役に徹してくれた。土産と言って手渡されたたい焼きを自らも頬張りながら。
「昼飯の後、俺いったん会社戻ってきたわけよ。そしたらな」
松本部長が、大久保の直属の上司――岩木部長と談笑していた。そこで岩木部長が言ったそうだ。入江くん一人でKGプライウッドに行かせて大丈夫かなと。
すると松本部長はかぶりを振った。
「こういう時こそチャンスじゃないか。夫婦でもそうだろ、喧嘩をして仲直り。それを繰り返して絆が深まる。あいつなら、それが出来るだろう」
もしもここに松本部長がいたならば、俺は青春映画さながら「部長ーーっ!」と抱きつきに行ったかもしれない。そう考えると、いなくて正解だった。
「おまえ、期待されてんじゃん」
ガハハと肩を揺らす大久保を見て、俺も照れ隠しにワハハと笑った。
ゆきなの描いたスマイリーは、会社を出る前に手を洗った時にとうとう消えてしまった。
厄日だと思っていた今日一日。だが、一日を終わりまで過ごしてみなければ、それはわからないものかもしれない。
今なら言える。今日は本当に幸運な一日だった。
だから俺は浮かれていたのだろう。大久保に、ゆきなの誕生日パーティへ招待する約束をしてしまった。
大久保のはしゃぎように俺は少し冷静さを取り戻し、ほんのちょっぴり後悔してしまった。そこは秘密だが。
会社を出ると、空には雲一つない星空が広がっていた。地上はこんなにも明るいのに、今日はやけに星が輝いて見える。気持ちの問題かもしれないが。
俺は一つの星に向かって微笑んだ。それを妻に見立てて。
ゆきなを産んでくれてありがとう。
もう少しそこで見守っていてくれ。いつの日か、俺がそこに行くまでは。
『おまけのスマイル』へ続く
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もうずっと執筆の方はお休みしているのですが、また楓さんの作品読んでみたいです☆そしてちゃちゃお久しぶりです。生きています。こんにちはー元気ですか?
最近また書き始めました。
ちゃちゃさんも書いてるかな?書いててくれると嬉しいな。
また来ますね^^楓お久しぶりです。生きています。ブログを拝見しましたこんにちは。
スペースお借り致します。
お友達がたくさん出来て、投稿に参加する度ごとに直筆のカード式のファンレターが3~30枚以上届く文芸サークル(投稿雑誌)つねさんお久しぶりです。生きています。お久しぶりです、chacha様!(`・ω・´
私は私なりに、様々な活動を経ておりますが、未だ結果は残せずorz
しかし、一次選考で落ちること数知れないある知人の話を聞sunお久しぶりです。生きています。>ヒロハルさん♪ただいまです^^
なんといいますか、やっと我が家に帰ってきたといった感じです、今(笑)
また一緒に書いて読んで楽しみましょう^^
ホラ吹きとなってはいけないのchachaお久しぶりです。生きています。お帰りなさい! chachaさん。
待ってました!
大丈夫ですよ。私も同じ一次落選仲間ですから。笑。
また一緒に、気楽に、楽しみながらやっていきましょうね。
取ヒロハル電子書籍配信開始されました♪>kazuさん♪どどど、どんだけ私はコメントに気付かなかったのか…!!!!
いやはや本当にすみません!もう地面に額ごりごりしながら土下座中でございます!><
kazuさん、お元気宮保ちゃちゃ(chacha)電子書籍配信開始されました♪あちゃちゃ><こんばんは、ちゃちゃさん^^
まずはまずは!!
うわわ、すみません!!
会員になっていただいちゃって><
言って下さい、もーお好きなものお贈りしますからっっ≧▽kazu osino電子書籍配信開始されました♪kazuさ~ん♪お久しぶりです~^^
もうなんだか…懐かしくて泣けてきます…(涙
私はですね、気分は元気なんですが、毎年恒例の「夏バテ」に早々になってしまってorz
もう日々ぐった宮保ちゃちゃ(chacha)電子書籍配信開始されました♪追記せっかく会員にまでなって下さったのに、本当にすみません!
頑張ります~≧▽≦kazu osino電子書籍配信開始されました♪お久しぶりです^^ちゃちゃさん、こんにちは^^
お久しぶりです、お元気ですか~♪
今年はっていうか最近毎年ですが、ホント暑いですね><
そちら水不足は大丈夫ですか?
こちらはやkazu osino電子書籍配信開始されました♪>kazuさん♪おはようございます♡
昨日の地震、すごかったですよ~(´;ω;`)
でも、物が落ちたりとかはなかったので、ビックリしただけでした(^o^;)
ご心配ありがとうございます☆
宮保ちゃちゃ(chacha)電子書籍配信開始されました♪おはようございます!おはようございます、chachaさん。
大きな地震があったと、先程知りました。
遅ればせですが、大丈夫ですか?
物が落ちたりとか、してないでしょうか。
余震も心配さkazu osino電子書籍配信開始されました♪>想子さん♪返信遅くなりました><
いえいえ!こっちのおめでとうは全然なのですよ!><
でも、ありがとうございます~♪
電子書籍ですし、自分一人の作品…ではないですし。
まだchacha電子書籍配信開始されました♪うん?リンクがよくわかりませんでした(TT)
PCがおかしいのかな…。
検索しつつ、探してみますね!!想子