忘れはしない時と唄

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【小説】親指スマイル 『勘違いにはご用心』① 

子供は嫌いじゃないけれど。

やっぱり、少し苦手なのかもしれない。





 駅から最寄の百貨店へ行き、まずは上着をクリーニング店へ。その後、紳士服売り場にて新しい上着を購入した。
 カレーの青少年はあまりにも目を白黒させ顔を真っ青にするものだから、見ているこっちが不憫に思えて、クリーニング代金のみ頂いた。
 あれは事故だ。仕方ないじゃないか。どう見ても社会人一年生のようだったし。
 初めて社会に出たら、ああいったカレーを人にかけてしまうことも……あるのか?


 店を出て袖をめくると、東部長との約束までにまだ時間があることがわかった。
 まずはどうやって話を切り出すか。
 ぐるりを見渡すと、右手前方に木が立ち並ぶ公園が見えた。あそこで少し座って考えよう。
 足を踏み出したと同時に、先ほど購入したばかりの紺色の上着の裾をぐいとひかれた。とっさのことで俺は危うく転びかける。

「ママいない~」

 振り返ると、そう大泣きしている小さな男の子。右手に茶色のハンドタオル、左手に俺の上着の裾。
 おいおい、まだ災難は続くのか?


 ひとまず交番へ向かったが、がらんとした室内に俺は落胆した。
 警察は一体どこで何をやってるんだ。神はどこで何をやっている?
 あまり出会った場所から離れるのは得策ではないだろう。俺は交番と百貨店との程よい距離間で陣取ることに決め込んだ。

「ボク、名前は?」

 泣きじゃくる男の子は、そう訊ねてもママと連呼するばかり。こういう時、大久保がいれくれれば。
 見た目は二歳か三歳か。涙も鼻水もよだれも一緒くたになって服べっとり濡らしていく。全く、母親はどこに居るんだ? それにしても俺、周りから誘拐犯に見間違われたりしないだろうか。
 と、俺の目にあるモノがとまる。そうだ。
 男の子の目線まで腰を下ろすと、俺は笑いかけながら言った。

「ボクボク、お名前教えてくれる?」

 大久保のことを馬鹿に出来ないな、なんて思いながら、俺はゆきなの落書きを人形に見立てて親指を動かした。
 そこで男の子が泣き止んだのだ。
 俺は思いかけずも嬉しくなって、さらに言葉を続けた。「おなまえ、なあに?」
 大久保が近くに居ないことを願いながら。

「……スマイリー」

 ぽそりと呟くように男の子は応えた。え? 外国人だったのか?

「スマイリー。スマイリー!」

 言いながら俺の親指を指差してくる。ああ、この絵のことを言ったのか。一瞬でも目の前にいる、どうやっても典型的な日本人顔にしか見えない男の子を、外国人と疑った自分が恥ずかしかった。

「そうそう、これスマイリーマークだよ。ほら、スマイリーが聞いてるよ。ボクの名前は何かな?」
「……けい」
「けい? けいくんね。じゃあ、けいくん。ママとはどこではぐれたのかな?」

 親指を伸ばしたり曲げたりしながら、俺は一オクターブ高い声で訊ねると、「ママ! ママ!」とまた連呼を始めてしまった。
 俺は男の子の頭を優しく撫でながら、親指を見せつつ「けいくん、けいく~ん」と間延びした話し方で応対した。

 その光景はあまりにも危ない人物そのものだったのだろう。
 俺の背後に男の子の母親がいることに気づいたのは、「けいくん! 早くこっち来なさい!」という叫び声に近い声が響いてからだった。



『勘違いにはご用心』②へ続く
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