忘れはしない時と唄

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【小説】親指スマイル 『招かざる不運たち』① 

負は負を呼ぶんだろうか。

ついてない日はとことんツイテナイ。





「遅れるという連絡は受けていたが……」

 俺の直属の上司――松本部長は、自慢の太い眉毛が一本に繋がりそうなほど眉間にしわを寄せ、俺を睨んだ。

「入江は時計の見方も知らないらしい」

 わざとらしく大声を上げる部長。瞬間、営業課の空気に緊張が走るのが目に見えてわかった。そそくさと席を離れる同僚の姿が、視界の端からひとつふたつと消えていく。
「いいえ」と俺は応えたが、年甲斐もなく背中を丸めて小さくなった。
 なにもこんな人前で叱らなくてもいいじゃないか。忘れ物をして先生に叱られる、小学生の頃に逆戻り。

「いいえ? じゃあ入江、今何時なのか時計を見て言ってもらえるか」
「……九時十五分です」
「そうだ。九時十五分だ。だったらおまえは、俺が昨日何時に出勤しろと言ったのかわかっていなかった。上司の話は、おまえの耳には念仏だった。そういうことか?」

 すみません、と俺は何度も部長に頭を下げつつ、こういう体育会系の先生いたよな、と不謹慎ながら小学生にトリップしたまま考えていた。


 会社に着いた俺は、真っ先に部長を捜した。だが、どこを捜しても見つからなかった為に、先に同じ系列を担当している同僚たちへ謝罪して回ったのだ。
 後輩から、今朝の会議で行われた内容を聞き出しているところに、「やれやれ、やっとお出ましか」と皮肉たっぷりな言葉が耳に届いた。
 何ともバツの悪いタイミング。振り返ると、今日も光り輝く禿頭を頂いた松本部長が仁王立ちしていたのだ。

「それで、どうなったんだ?」

 部長が外回りに出た直後、遠巻きに見ていた大久保が近寄ってきて訊ねた。もちろん、満面の笑みを顔に貼り付けて。

「どうなったって……最悪だよ」

 両手で顔を覆い、俺は長い長いため息をひとつ。
 目の前に赤ん坊がいたならば、さてこの手はいつ開いて顔を覗かすのだろうと心待ちするも、なかなか開かず泣き出すかもしれない。

「前に例の事件があったKGプライウッド、俺一人で行くことになったんだよ!」

 そう悲観する俺に、大久保はさすがに同情の色を見せ「げえ」と声を漏らした。
 KGプライウッドとは、俺が勤めるここ――SP印刷会社の仕事を担当とする「東部長」の対応が以前から悪く、今までに何度となく小さないざこざを起こしてきた会社である。
 東部長はいつも多忙のご様子で、会う約束をしたにも関わらず今日は会えないから帰ってくれと追い払ったり、希望商品のサンプルを持って行くと「これはうちの希望とは程遠いですな」と鼻であしらわれ、SP印刷会社の社員はもちろんのこと、他の会社からも悪評高いお方なのだ。
 いや、それだけならまだしも。

「例の事件からまだそんなに日も経ってねえし……東部長、おまえのこと絶対根に持ってるだろうな」

 大久保の言葉に、やっぱりそうだよなと呟く俺。ますます気が重くなった。



『招かざる不運たち』②へ続く
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