忘れはしない時と唄

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【小説】親指スマイル 『大久保の予言』① 

こいつは友なのか。

はたまた腐れ縁なのか?





 駅の改札口に滑り込んだ時には、俺が乗りたかった電車はとうの昔に走り去ったようだ。
 ホームでがっくり肩を落としていると、そんな俺に追い討ちをかけるように背中を思い切り引っ叩かれた。衝撃で三歩も前に進んでしまった。
 アナウンスの指示通り『白線の内側』に立っていなければ、俺は完全にあの世に行きだった。

「痛って……何すんだよ、大久保!」

 振り返ると見慣れた顔がガハハと笑っていた。同僚の大久保だ。
 休みの日となると、地方の川へ行ってはラフティングのガイドを務めている彼は、一年を通して肌が黒い。おまけに筋骨隆々だ。
 大久保と並ぶと、一般人は皆細身と見なされてしまう。
 彼にとっては、先ほどの挨拶は手加減したのだろう。本気を出せば、俺は弧を描いて向かいのホームに飛んでいた。
 大久保は肩を揺らしつつ白い歯を見せて言った。

「よう! おまえ今日、早朝会議じゃなかったのかよ?」

 傷口に塩ということわざは、こういう時に使用する。

 泣きたい気持ちを堪えているところに、普段出勤する時にお世話になっている馴染みの電車がホームに入ってきた。俺はますます気落ちした。

「……寝坊だよ。完全に遅刻だ」
「いや、遅刻じゃねえよ。おまえだってさ……」

 電車に乗り込みつつ、大久保は俺の袖をめくって時計を指差した。

「会社着くのが四十分後だろ? 遅刻ってのは遅れるってことで、おまえが着く頃には会議自体終わってんじゃねーの?」

 本気で泣きたくなった。いや、いっそのこと泣いてしまえばこいつも俺を苛めなくなるかもしれない。
 駄目だ。こいつはサディストだった。喜ぶだけだ。
 人波にさらわれないよう俺を守ってくれる岩のような大柄の大久保は、口の端を持ち上げてさも楽しげに俺を見下ろしていた。

「とか言って、森先生といちゃついてたからじゃね?」
「し、ししし、してねぇって!」

 確かに数分誤差が生まれたが、遅刻の理由はそれではない。
 どもってしまった俺をからかうように、大久保は俺の腕を軽く叩いた。

「で、ゆきなちゃんは今日も元気か?」

 言いながら鼻の下をこする大久保。
 何度かゆきなと会わせているが、初めて会わせた時、取って喰われる勢いでゆきなを抱き上げ、さすがに彼女も大泣きした。
 可愛い可愛いとベタ褒めするが、あまりにもゆきなに関心を抱く為に親としては「こいつ、もしや……」というほんの小さな疑惑を払拭できない。失礼だが。
 だから、最後に会わせたのは半年も前だ。

「元気だよ、元気すぎるほどに」
「いいじゃねえか、子供は元気が一番だ。今何歳だっけか?」
「四歳だ。年明けてすぐ五歳になる」
「じゃああと三月くらいか。大きくなったなぁ」

 感慨深く語尾を伸ばし、視線を天井へと移していった。自然に見えるこの行動には、大久保が実は涙もろいという性質が隠されている。
 サディストで、傷に塩を塗る巨人のような男だが、どうにも憎めないのはそのせいかもしれない。



『大久保の予言』②へ続く
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