忘れはしない時と唄

03« 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28. 29. 30.»05

このページの記事一覧

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

カテゴリ: スポンサー広告

[edit]

TB: --    CM: --    

【小説】一握りの距離 ③ 

彼は笑う。

その輝かしい瞳で。純粋な想いで。




 彼は私とそう年も離れているように見えない幼顔で、田んぼのあぜ道をふらふらと頼りない足取りで歩いていた。
 こちらに来て初めて見かけた同世代。
 走る足を止め、彼を見つめた。
 風を切って走っていた身体を突然休ませたが為に、一気に身体中の毛穴から汗が噴き出した。
 額から流れる汗を手の甲で拭いながら、私は少し離れた彼に向かって躊躇うこともなく声をかけた。
「ねぇ! なにしてんの?」
 彼は空へ向かって、自らの足元に向かって、何かを掴むように手を伸ばしてはぐっと握り締めていた。昆虫か何かを捕まえているのだろうか。
 いっこうに返事がないので、私は仕方なく坂を下り、彼と同じあぜ道に足を下ろした。柔らかな草の感触が、靴底を伝って感じることが出来る。
 二歩、三歩と彼に歩み寄りながら、私はもう一度声をかけた。
 そこで彼がこちらを振り返ったのだ。そうして驚くこともなく、私の顔を見てにこりと笑った。
 服からはみ出た腕や足のあちらこちらに傷を負った、細過ぎる身体が風に揺れる。
「何してんの?」
 問いつつも、私の視線は彼の握られた手にあった。
「何か捕まえた?」
 彼はまた、にこりと微笑んで手を広げて見せた。
 そこには、何も入っていなかった。
「何が見える?」
 彼が口を開いた。まだ変声期も迎えていない、幼く高い声。
「俺には何も見えないや。見えないほどちっこいものなの?」
 彼の手を取り、睨みつけるように手のひらに顔を近づけた。だが、やはり何も見えなかった。
 彼は、弱い風に吹かれた草のように小さく笑った。
 君も見えないんだねと、寂しそうに笑った。
「風の精霊を捕まえたんだよ」
 そう、呟くように言って笑った。
「嘘だぁ! そんなもんいないよ! 俺には見えないもん!」
「自分で捕まえなきゃ見えないんだよ、きっと」
 その言葉に、私は何故か悔しい気持ちを抱いた。そうして、むきになったのだ。
「じゃあ俺も捕まえる! どこにいるんだよ、その、風の……れい?」
「風の精霊だよ。信じる者にしか見えないんだ。風が吹くたびに、すぐ傍を通り過ぎていってるよ」
 そこに、その言葉に反応したかのように、一陣の風が吹き通った。
 ざわりと周りの山が唸り、田んぼの水がさざ波立ち、草花が舞い上がる。
 私はこの機を逃すかと言わんばかり、がむしゃらに空へと手を伸ばし、何度も風を掴んでは手ごたえのなさに落胆した。
「やっぱり嘘だろ! 全然そんなもん見えないし、捕まえれないじゃんか!」
 過ぎ去った風に取り残された私は、置いてけぼりを食らった番犬のように空を見上げた。
 そうして、私は傍らに佇む彼に向かって吠えたのだ。
 嘘つき! 嘘つき! 嘘つき!
「信じてないからだよ」
 そう呟くと、彼はあぜ道の傍を流れる用水路に向かって手を伸ばした。
 しゃがみ込み、片手を地につけ、もう一方の手を水に向かって――
 だが、水に触れる前に、また何かを捕まえたかのようにぐっと手のひらを握り締めた。
 そうして立ち上がり、その握った手を私の前に差し出して見せた。
「今度は、水の精霊を捕まえたよ」



目次 前へ 次へ
スポンサーサイト

カテゴリ: 短編

[edit]

TB: 0    CM: 0   

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://chachanoblog.blog59.fc2.com/tb.php/17-80b541b2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。