【小説】一握りの距離 ①
2011/05/26 Thu. 18:05:54
忙しい日々の、ちょっとした逃避行。
思い出という名の、記憶のアルバムはあせることなく――
午後十二時十五分。
私は昼食を、いつも会社の傍にある公園と決めている。
夏の日差しが強い日には、三十路を向かえた私としてはやはり身体に堪える為、クーラーの効きすぎたオフィスで昼食を済ましているが。
今日みたいな曇り空で、比較的風も涼しい時にはなるべく外へ出るようにしていた。
一日中デスクワークの私にとっては、この昼休みは外界へと脱出の出来る貴重な時間。
今日に限っていつもの特等席――この公園内で唯一、日陰となるベンチ――は先客で埋まっていた為、仕方なく他のベンチに移動した。
そこは子供たちが戯れている砂場を見渡すことが出来る。
私は腰を下ろすと同時にネクタイに指をかけ、無造作に緩めると、首輪を外した飼い犬のように妙な開放感を味わった。生ぬるいが悪くない一陣の風に、汗ばんだ身体が冷やされていく。
コンビニで購入した弁当をさっさと食べ終えると、私はベンチの背もたれに身を預けるように空を仰いだ。
黒く厚い雲の一塊が、上空で泳ぐように流れていく。風が強いのだろう。
あの風は、どこから生まれ、どこからやってきたのだろうか。
あの風にも感情や思考があり、自らの意思をもって空を駆けていくのだろうか。
そんなことを考えている自分に気づき、ふと、小さく笑った。
たまに摩訶不思議なことを考えるようになったのも、こうして一人ぼんやり空を眺めるようになったのも。
全て、「あいつ」のせいだと私は知っている。
小学二年の夏休み、一度だけ田舎の祖父母の家へ一人で訪ねたことがある。両親は、突然体調を崩した私の三つ上の姉を看病する為、家に残った。
本来私も一緒にそこに居るべきだったのだろうが、子供というのは時に我を通したくなるものだ。祖父母の家にどうしても行くと強情を張って、両親をうんと困らせたのを覚えている。
今思えば、姉ばかりを構っていた両親が気に食わなかったのかもしれない。何か困らせるようなことを言えば、行動を起こせば、両親は私をも構ってくれるに違いないと……。幼いながらに、何とも可愛げのない単純な思考だ。
困り果てた両親は、私の思い描いた想像とは全く異なった行動に出た。
「じゃあ亘、一人で行ってみる? もう二年生だし、春休みにみんなで一緒に電車で行ったから、わかるよね?」
その言葉を言ったが早いか、母はその場で祖父母へ連絡を取り、「おじいちゃん達もそうしたらって」と言ってにこりと微笑んでみせた。
もう二年生だし。
春休みに行ったからわかるよね。
今更「行きたくない」とは言えなかった。それを言えば、自分が「敗者」だと認めてしまうことになる。子供らしく、素直になればいいものを……
可愛げのない私は、結局母の名案をしぶしぶ受け入れたのだった。
目次 次へ
思い出という名の、記憶のアルバムはあせることなく――
午後十二時十五分。
私は昼食を、いつも会社の傍にある公園と決めている。
夏の日差しが強い日には、三十路を向かえた私としてはやはり身体に堪える為、クーラーの効きすぎたオフィスで昼食を済ましているが。
今日みたいな曇り空で、比較的風も涼しい時にはなるべく外へ出るようにしていた。
一日中デスクワークの私にとっては、この昼休みは外界へと脱出の出来る貴重な時間。
今日に限っていつもの特等席――この公園内で唯一、日陰となるベンチ――は先客で埋まっていた為、仕方なく他のベンチに移動した。
そこは子供たちが戯れている砂場を見渡すことが出来る。
私は腰を下ろすと同時にネクタイに指をかけ、無造作に緩めると、首輪を外した飼い犬のように妙な開放感を味わった。生ぬるいが悪くない一陣の風に、汗ばんだ身体が冷やされていく。
コンビニで購入した弁当をさっさと食べ終えると、私はベンチの背もたれに身を預けるように空を仰いだ。
黒く厚い雲の一塊が、上空で泳ぐように流れていく。風が強いのだろう。
あの風は、どこから生まれ、どこからやってきたのだろうか。
あの風にも感情や思考があり、自らの意思をもって空を駆けていくのだろうか。
そんなことを考えている自分に気づき、ふと、小さく笑った。
たまに摩訶不思議なことを考えるようになったのも、こうして一人ぼんやり空を眺めるようになったのも。
全て、「あいつ」のせいだと私は知っている。
小学二年の夏休み、一度だけ田舎の祖父母の家へ一人で訪ねたことがある。両親は、突然体調を崩した私の三つ上の姉を看病する為、家に残った。
本来私も一緒にそこに居るべきだったのだろうが、子供というのは時に我を通したくなるものだ。祖父母の家にどうしても行くと強情を張って、両親をうんと困らせたのを覚えている。
今思えば、姉ばかりを構っていた両親が気に食わなかったのかもしれない。何か困らせるようなことを言えば、行動を起こせば、両親は私をも構ってくれるに違いないと……。幼いながらに、何とも可愛げのない単純な思考だ。
困り果てた両親は、私の思い描いた想像とは全く異なった行動に出た。
「じゃあ亘、一人で行ってみる? もう二年生だし、春休みにみんなで一緒に電車で行ったから、わかるよね?」
その言葉を言ったが早いか、母はその場で祖父母へ連絡を取り、「おじいちゃん達もそうしたらって」と言ってにこりと微笑んでみせた。
もう二年生だし。
春休みに行ったからわかるよね。
今更「行きたくない」とは言えなかった。それを言えば、自分が「敗者」だと認めてしまうことになる。子供らしく、素直になればいいものを……
可愛げのない私は、結局母の名案をしぶしぶ受け入れたのだった。
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もうずっと執筆の方はお休みしているのですが、また楓さんの作品読んでみたいです☆そしてちゃちゃお久しぶりです。生きています。こんにちはー元気ですか?
最近また書き始めました。
ちゃちゃさんも書いてるかな?書いててくれると嬉しいな。
また来ますね^^楓お久しぶりです。生きています。ブログを拝見しましたこんにちは。
スペースお借り致します。
お友達がたくさん出来て、投稿に参加する度ごとに直筆のカード式のファンレターが3~30枚以上届く文芸サークル(投稿雑誌)つねさんお久しぶりです。生きています。お久しぶりです、chacha様!(`・ω・´
私は私なりに、様々な活動を経ておりますが、未だ結果は残せずorz
しかし、一次選考で落ちること数知れないある知人の話を聞sunお久しぶりです。生きています。>ヒロハルさん♪ただいまです^^
なんといいますか、やっと我が家に帰ってきたといった感じです、今(笑)
また一緒に書いて読んで楽しみましょう^^
ホラ吹きとなってはいけないのchachaお久しぶりです。生きています。お帰りなさい! chachaさん。
待ってました!
大丈夫ですよ。私も同じ一次落選仲間ですから。笑。
また一緒に、気楽に、楽しみながらやっていきましょうね。
取ヒロハル電子書籍配信開始されました♪>kazuさん♪どどど、どんだけ私はコメントに気付かなかったのか…!!!!
いやはや本当にすみません!もう地面に額ごりごりしながら土下座中でございます!><
kazuさん、お元気宮保ちゃちゃ(chacha)電子書籍配信開始されました♪あちゃちゃ><こんばんは、ちゃちゃさん^^
まずはまずは!!
うわわ、すみません!!
会員になっていただいちゃって><
言って下さい、もーお好きなものお贈りしますからっっ≧▽kazu osino電子書籍配信開始されました♪kazuさ~ん♪お久しぶりです~^^
もうなんだか…懐かしくて泣けてきます…(涙
私はですね、気分は元気なんですが、毎年恒例の「夏バテ」に早々になってしまってorz
もう日々ぐった宮保ちゃちゃ(chacha)電子書籍配信開始されました♪追記せっかく会員にまでなって下さったのに、本当にすみません!
頑張ります~≧▽≦kazu osino電子書籍配信開始されました♪お久しぶりです^^ちゃちゃさん、こんにちは^^
お久しぶりです、お元気ですか~♪
今年はっていうか最近毎年ですが、ホント暑いですね><
そちら水不足は大丈夫ですか?
こちらはやkazu osino電子書籍配信開始されました♪>kazuさん♪おはようございます♡
昨日の地震、すごかったですよ~(´;ω;`)
でも、物が落ちたりとかはなかったので、ビックリしただけでした(^o^;)
ご心配ありがとうございます☆
宮保ちゃちゃ(chacha)電子書籍配信開始されました♪おはようございます!おはようございます、chachaさん。
大きな地震があったと、先程知りました。
遅ればせですが、大丈夫ですか?
物が落ちたりとか、してないでしょうか。
余震も心配さkazu osino電子書籍配信開始されました♪>想子さん♪返信遅くなりました><
いえいえ!こっちのおめでとうは全然なのですよ!><
でも、ありがとうございます~♪
電子書籍ですし、自分一人の作品…ではないですし。
まだchacha電子書籍配信開始されました♪うん?リンクがよくわかりませんでした(TT)
PCがおかしいのかな…。
検索しつつ、探してみますね!!想子